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真夏のコート
「自分の人生の主人公になりましょう」…それが前回のテーマでした。
ではなぜ、わたしたちは自分の人生の主人公になる必要があるのでしょうか?
大事な打合せなのに、電車の遅延で相手を待たせてしまった人がいるとします。一方で、打合せの時間に遅れたのに、相手も遅れて打合せには支障がなかった人がいます。
なぜ、こういうことが起こるのでしょうか? 単に、運のいい人と悪い人の違いなのでしょうか? それもあるかもしれませんが、それだけではありません。
今日という日に、この場所で、打合せの相手を待たせるべき人と、そうではない人がいるのです。
そして、打合せの相手を待たせるべきだった人の中にも、遅刻という経験を活かせる人と、後悔ばかりして悩みにしてしまう人がいるのです。
例えば、真夏にコートは着ませんよね。逆に、真冬になればコートは必需品です。冬山登山をするのに、Tシャツ一枚では命に係わります。逆に、海で泳ぐのにコートを着たままでは溺れてしまうかもしれません。
人生において海水浴の機会が巡って来たのに、コートを来たままの人とはどういう人でしょう? せっかく冬山登山の機会が巡って来たのに、Tシャツ一枚の用意しかできない人とは、どういう人でしょう?
それは、悩む人です。
真夏にコートを着て、暑い暑いと悩み、冬にTシャツ一枚で、寒い寒いと悩む人です。真夏や真冬を、そのまま自然に経験することができず、矛盾の中を生きている人です。矛盾した生活が、悩みを主人公にしてしまっているのです。
打合せに遅れたことを反省し、その原因を分析し、それを今後に活かせる人は、遅刻すべき時に遅刻し、その経験を成長の糧にできます。つまり、海水浴という経験をするのにふさわしいスタイルを持った人です。
打合せに遅れたことを後悔ばかりしている人は、その経験を次に行かすことができません。真夏の海水浴場で、後悔というコートを脱げない矛盾した人です。
真夏の海水浴場でコートを脱ぎ、その光を、熱を、風を、海を、砂を、空を全身で感じ取る。そのためには、自分が人生の主人公である必要があるのです。
悩みの種であるコートを脱ぎ捨てましょう。 そして、その時その場所で経験できることを全力で味わいましょう。
 

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