悩みを「案件」にする方法
「悩みですか? うーん、特にないですねぇ。強いて言えば、悩みがないことが悩みでしょうか」
そんなことを言っていた人がいます。
悩みがないことを悩む必要もないでしょうが、「悩みがない」と言い切ってしまうと、あまりに能天気に見えることを心配したのかもしれません。
しかし、悩みがないというこの方(仮にOさんとしましょう。ゼロさんではなく、オーさんです)は、どういう人なのでしょうか?
当然ながら、このOさんにしても、大小さまざまな問題に遭遇することはあるはずです。なぜなら、人生に問題はつきものだからです。
なのに、Oさんには悩みがないのです。なぜでしょうか?
Oさんはこう言います。
「悩むというのは、そこに何らかの感情が絡みますよね。悲しいとか、辛いとか、悔しいとか、許せないとか、怖いとか…。私はそういう感情を絡めずに、目の前の問題をひとつの『案件』として考え、対処するようにしています。案件ですから、その問題の原因を探り、解決方法を探せばいいわけです」
案件と考えて解決する、確かにひとつの方法かもしれません。
悩むから悩みになる、と以前書かせて頂きました。解決すべき案件と割り切れれば、それは悩みにならないかもしれません。
でも、そうは言っても、例えば、失恋の喪失感や悲しみ、寂しさは、ぬぐってもぬぐい切れるものではありません。解決策を探すと言っても、もとカレ(カノ)が戻って来てくれることはありません。喪失感を埋めることはできないのです。
そうです、喪失感を埋めることはできません。寂しさを払拭することもできません。
だとしたら、無理に払拭するのではなく、五里霧中で方向を見失っている自分の立ち位置を、確認することから始めればいいのではないでしょうか? 
私たちの中に湧き起こるさまざまな感情というのは、シグナルです。
痛みが、体の異常を知らせるシグナルであるように、感情は、心の状態を知らせるシグナルです。いま、自分の心はどういう状態にあるのか。季節で言えば、春夏秋冬のどの季節にいるのか? 喜びに満ちた春なのか、怒りに震える秋なのか、悲しみに打ちひしがれる冬なのか…。
万象学には、感情を分類する理論があり、感情の種類によって、対応策は変わってきます。季節によって着る服が変わるのと同じです。
例えば寂しさであれば、それを払拭する作業にいそしむのではなく、寂しさをシグナルとして捉え、いま自分がどの季節にたたずんでいるのかを考えてみる。自分の立ち位置、心の四季がわかるだけでも、問題の解決に近づいていると言えます。
そして、真冬にいるとわかれば、春に到る道を探ればいいのです。
万象学には、そのためのさまざまな方法が用意されています。
Oさんは言います。 「感情を絡めないというのは、感情に飲み込まれないということです。自分がイライラしていると感じたら、深呼吸をします。落ち込んでいると感じたら、木々の緑の中に身を置いたり、空を見上げたりします。泣きそうになっていたら、口角を上げて無理やり笑顔を作ったりします。そうやって、感情のバランスをとるようにしています」
もちろん、Oさんの方法がすべてではありません。ただ、目の前にある「問題」を、「悩み」ではなく「案件」にするために、現在の心の立ち位置を知り、感情の落ち着き先を探すことは、ひとつの方法かもしれません。
 

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